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毎日暑い日が続きますね。
皆様お盆休みでしょうか。

うちは、私が今日から、旦那と息子が明日からお盆休みです。
娘にはお盆休みがありません。どこかで夏季休暇なるものをとるのでしょうが。



さて、娘のエピソードその1も5回目となってしまいました。
今回で終わりそうにもありません・・・・


これを書き始めたことがストレスになっているのかもしれません。
思い出さずに、記憶の奥底に沈めて、なかったことにしてしまったほうが楽だったのかもしれません。

書きながら、読み直しながら、また傷口を広げているような気がします。
書き始めたときはそんなことは予想もしなかったのですが。
旦那の親族たちから受けた傷は永遠に癒えそうもないような気がします。


せめて、ここに書くことによって、心の中を整理し、あの人たちに振り回されないようにしなければと思います。


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旦那の実家からの帰り道―

じいちゃんは、『自分が死んだあと』って言ってたけど、、、

じいちゃんがそう言ったとき、
『だいじょうぶよ、じいちゃん、あたしたちがついてるから』
って言ったほうがよかったのかしら?

『じいちゃんとばあちゃんとお義兄さん(義兄1)の面倒はあたし達が見る』って常々言ってるんだから、いまさら、取って付けたように言わなくてもいいと思ったんだけど、、、

今から引き返して、
『だいじょうぶよ、じいちゃん、あたしたちがついてるから』
って言えば、貸してくれるのかしら?

ううん、そんなはずないわよね~~~
貸すのが嫌なんだから・・・





その翌日(8月1日)舅から電話がありました。
2日に病院に行くことになっていて、舅はそれに付いて行くと言います。
主治医の先生に、旦那の言っていることが本当かどうか確かめに行くそうです。
自分の耳で、主治医の先生がなんと言うか聞きたいそうです。


は?

わかりません。意味がわかりません。

本当かどうかって・・・

旦那がうそを言っているとでも?

旦那は『治療費が出せなくって、副作用もきついから、治療をやめる』と言ってるだけなのに、
それのどこがうそだと?

主治医に確かめるということは、『副作用がきつい』がうそだと?

わけわかりません。


で、自分も行くので、自分の所に寄って欲しいということでした。

舅が話すことは、お願いではなく、命令です。
結婚後ずっとそういうスタンスでした。


旦那が掛かっている病院まで、高速を利用して1時間半ほど掛かります。
予約時間に間に合うように7時半頃には家を出ます。
検査をして、診察をして、薬をもらうと3時頃になります。
それからまた、1時間半ほど掛けて帰って来ます。

元気な時でも、その行程は疲れるのに、旦那は無理を押して運転していくわけです。
(私? 私が運転する横に乗っていると、まだもっと疲れるそうです)

舅を乗せていくとしたら、あと1時間ずつ余分に掛かります。
朝は6時半に出なければならなくなります。
帰りも5時半とかになります。
ましてや、舅は杖をついて歩くのがやっとで、普通の人の3倍位の時間がかかります。
大学病院の中のあちこちを移動しなければならないのに、舅と一緒なら、よけいに疲れます。

なぜ、その辺のところを考えてくれないのか、理解に苦しみます。

「じいちゃん、仮に治療を続けることになってもね、うちにはもう治療代を払えるお金がないのよ。
お金がなければ、治療は続けられないでしょ」


「!!!あんたは、○○(旦那)の病気が治らんでもええのか!!!」

「じいちゃん・・・・
 いくら治療を続けたくってもね、お金がないと続けられないのよ」


「あんたは、金!金!言うて、金と○○の身体とどっちが大事なんや!!!」

「じいちゃん・・・・
 うちはもうお金がなくてね、自殺を考えるところまで追い詰められてるのよ」


「あんたがそんな薄情もんとは思ってなかったわ!!!」




なんで、そうなるの・・・

旦那の病気を治したいからこそ、その前の日にお金を貸してってお願いに行ったんじゃない。
それを断ったくせして、なにが、病気は治らんでもええのか、なのよ!

そっくりそのまま、返してやりたいわ!

あんたは親の癖して、息子の病気が治らんでもええのか!!!!!!!!!!!!!



旦那は、そういう親だと気づいていたようでした。

「な、やっぱり駄目やったろ」

「うん、せやけどな、あたしの親は普通やないてわかってるから、こういうときに頼んだりせんけど、おとうさんの親は普通やと思ってたけどねえ。普通やなかったね」

「うちの親は普通やないで」

「あたし、今まで、じいちゃんにもばあちゃんにも一杯尽くしてきたのにねえ。一生懸命してきたのにねえ」

「うん、おかあさんが一生懸命してきたんは、おとうさんが知ってるから」

「もし、あたしたちの子供が頼ってきたら、なんとしてでも力になってやるのにね」

「うん、お金がなかったら、田んぼを売ってでもなんとかしてやるのにね」

「うん、なんか悲しいね」

「せやから、もう親の面倒なんか見んでええで」

「・・・・・」

「・・・・・」



この翌日、病院へは私達夫婦だけで行きました。

主治医の先生は、自分自身もこの治療法の実験台として副作用も経験しているので副作用のきつさはよくわかりますよ、ここからが医者の匙加減なんですよ、一緒にがんばりましょうね、とおっしゃってくださいました。

精神科の先生は、副作用で鬱にもなっているので、そのせいでいらいらしたり、仕事への意欲がなくなったり、食欲も落ちたりしているとのことで、抗鬱剤を処方してくださいました。

その他に、皮膚科や口腔内科からもお薬を出してもらいました。

そうやって、やっと旦那も治療を続けようと前向きになってくれて、病院からの帰途に着いたわけですが、またもや理不尽というものが私達を待ち受けていました。

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